秘密の森の沼地にて

わたしの泡は秘密なんです

秘密の森の沼

 FBの「思い出」なるものを今、毎日楽しみにしている。
2019年というのが人生の大きな節目になって、
あの時を境にわたしは全く違う人生を歩むことになった。

「思い出」の中のわたしは
お金もないのに借金してまで旅行して友達と笑って遊んで
恋愛相手を求めてさまよって
それは「投げやり」だったかもしれない。

いつかホームレスになってしまうかもしれないという恐怖や
家人Sがいつ何かをやらかすかで冷や冷やしていて
毎日毎日綱を渡っているような気持ちで
夜寝たら「今日も何事もなく1日が終わった」とホッとしながら
「眠ったまま朝が来なくてもいいかもしれないな」と思っていた。

 

それでも
ひとりで街を歩き回ったり、映画や芝居やライブに足を運ぶ日々は
楽しいものだった。
そう、ひとりが寂しかったけれど楽しくもあったのだ。

FBの「思い出」を眺めては
2019年までの投げやりだけれど暢気だったわたしを懐かしむ。

あのときのわたしと
今のわたし

どちらが「わたしらしいのかな」と考えてしまう。

 

今の状況を選択したことを後悔はしていない。
いや、もしかしたらしているのだろうか?


「与えていただいているものをもっとみなよ」と
「こんなに愛されていて幸せじゃないか」と
人は言う。
きっとそうなんだろう。 

そう思えないわたしは甘えた愚か者なんだ。

「思い出」には戻りたいとは思わない。
でも、今がいいとも思えない。
じゃあわたしはどこへ行けばいいんだろう。

 

甘えたこの想いは

誰にも言えない。

 

誰にでもなんでも言っていたわたしが
今はもう誰にも言えない。
笑って「幸せを享受」している今のわたしには。

だから

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秘密の森の沼へ。